高気密と高断熱、セットで語られるのはどうしてかな。
工務店探しを始めたとき、まずそう感じました。
「暖かい家」「工務店」「札幌」、こんな検索で表示される建築会社は、みな判で押したように、「高気密・高断熱」の施工をアピールしていたのです。
建売住宅も、高価格の注文住宅も、ローコスト住宅だって同様です。
高断熱は、よくわかります。
ペラペラのジャンパーとダウンコート。
どちらが暖かいかは、考えるまでもありません。
でも高気密は?
すき間風が入ると、室内で暖めた空気が逃げちゃうもんね。
これは友人の言葉ですが(そして、私もそう思っていた)、実は理由はそれだけではないのです。
高気密ではない「高断熱の家」って、本当はシャレにならないくらい危険な住宅なんですよね。
北海道は本当に寒い
東北地方の方には共感を得られるかもしれませんが、北海道は本当に寒いです。
比較的温暖な札幌周辺でも、今回の年末年始は、連日マイナス15度以下。
道北(旭川より北)や道東なんて、マイナス20℃が年に何度もあります。
マイナス20℃とかね、マグロ用の冷凍庫より寒いです。
そして、今の60歳代くらいの世代が子どもだった頃、
彼らが住んでいた家もまた、とっても寒かったのです。
ジュースは、寝る前に必ず冷蔵庫へ。
じゃないと、凍ってしまうのです。
ストーブをがんがんに焚いても、家全体は暖まらない。
断熱材だって、入っているんだかどうだか。
暖房のない廊下に出ると、つま先でないと歩けなかった(床が冷たくて)。
親戚の集まりがあれば、この手の話題はヘビーローテーションで、まさにリピート―クなのです。
ちょうど50年くらい前の話でしょうか。
その頃は、開拓で入った人々が自作した家がまだまだ残っていたし、工務店が建てる家も、本州の家とさして変わらない住宅性能だったそうですね。
本州基準の住宅では、寒いに決まってるでしょうが。
創業者がこの信念で立ち上げたハウスメーカーもありましたっけ。
最初の断熱材は「ワラ」や「おがくず」
ドラマ北の国から「五郎の三番目の家」:画像はお借りしました
北海道で戦後すぐに建てられた、古~い木造家屋にお邪魔したことはありますか?
札幌やその近郊では少なくなりましたが、地方に行くと、まだぽつぽつと見かけます。
冒頭の写真はドラマ「北の国から」のセットですが、まさにこんな感じの住宅です。
私が20代から10年近く住んでいた道北地方(旭川と稚内の間)でも、築50年近い木造家屋がそれなりに現役でした。
そういったお宅は、断熱材として、ワラやおがくずを使っていることがあります。
農村地帯ではタダ同然に、しかも大量に手に入りますから、
壁がはちきれるかってくらい、パンパンに詰めたさ~
こう教えてくれたお年寄りもいました。
私は医療系の仕事をしており、患者さんのご自宅にお伺いすることもあります。
そんなときの世間話として、若かったころの苦労話はかっこうの話題なのです。
そういえば、「アルプスの少女ハイジ」では、ワラをつめた布団が出てきましたね。
乾いたワラというのは、軽くて、空気をたっぷり含むので、確かにとても暖かいそうです。
ただ、弱点もあります。
ワラもおがくずも、水に弱い。
湿気を吸い込むから、カビが生えるし、腐りやすい。
しかもネズミや昆虫も、ワラやおがくずが大好き。
カブトムシやクワガタを飼育したことがある方はご存知でしょう。
幼虫にも成虫にとっても、居心地がいいらいいですね。
カブトムシはまあいいとしても、ネズミやカビは、感染症の原因にもなります。
同居しているのは、人間にとって得策ではないです。
防寒住宅という「夢の家」
一方、高度経済成長期と同じころに世に出てきたのは、「防寒住宅」です。
これはコンクリートブロックを積み上げた構造で、三角屋根が特徴的でした。
北海道住宅供給公社が手がけたもので、昭和30年代~50年代に爆発的に普及し、現在でも地方の古い公営住宅で見かけます。
当時としては設計も洒落ていて、ちゃぶ台のある茶の間ではなく、リビングダイニングが登場。
座布団から、椅子に座る生活になっていたのです。
またコンクリートですから、耐火性も魅力でした。
ただし、それまでの木造住宅よりは、断熱性能や気密性は向上したもののまだ不十分で、「暖かい家」には程遠かったようです。
実際にかつての「防寒住宅」(現公営住宅)に住んでいる方に聞くと、冬は床も壁も冷え切り、ストーブをいくら焚いても温まらないと言います。
公営住宅に住む患者さんには、経済的に余裕がないケースが多くて、灯油代を節約している方もよく見かけます。
そんなご家庭では、暖房はリビングだけ、トイレや浴室は冷凍庫のようになっていたりします。
断熱材は、詰め込めるだけ入れてしまえ!の時代
拙宅(ゆきだるまのお家)の建築現場。ピンクのものがグラスウール。気密性を高める防湿シートなどはこのあと施工。
防寒住宅が普及する時期と前後して、断熱材のグラスウールが市場に出回りだしています。
安価で、しかも複雑な手間なく施工できる便利な断熱材。
これは現在も同じ評判ですね。
ちょうどこの時期、第1次オイルショックが起こり、灯油代が青天井となりました。
ストーブをがんがん燃やすこと、つまり灯油の大量消費が難しくなったのです。
底冷えのする「コンクリート製の防寒住宅」ではなく、断熱処理された木造住宅へ。
グラスウールによる断熱層も、どんどん分厚く施工されるようになっていきました。
木造住宅だって、暖かい家にできる。
そう主張して、内壁と外壁の隙間へ、これでもかとばかりにグラスウールを詰め込み、それウリにしていた工務店もあったとか。
ただし、気密性については、あんまり配慮されていなかったのです。
当時は強制排気のFF式石油ストーブがまだ主流ではなく、旧型灯油ストーブと定期的な換気はセットだったので、
すき間風が入った方が、安全だ
そんな風潮もあったそうです。
壁の断熱性能を高めたけれど、気密性はザルだった。
そんな新しい住宅群に、あるとき悲劇が起きたのでした。
ある日、床が抜ける~ナミダタケ事件
内断熱としてグラスウールを分厚く詰めて、「暖かい家」になった
そう思われていた1970年代後半、突如として床下や基礎が腐り、住めなくなった住宅が続出したのです。
それも築後2~3年の新しい家。
その数は、札幌市内だけでも200軒を超えたとされています。
当時は大変な騒ぎになり、マスコミでもセンセーショナルに報道したほか、北海道議会でも取り上げられました。
床を崩落させた犯人は、ナミダタケというノドタケ科の木材腐朽菌でした。
これが床下や基礎にびっしりと繁殖し、木材を腐らせてしまったのです。
床下にびっしり繁殖したナミダタケと綿状の菌糸:画像はお借りしました
では、なぜナミダタケが大量発生したのか。
原因は、断熱材のグラスウールの結露だったのです。
そしてこの結露を発生させた要因こそが、気密性の低さでした。
ナミダタケが家を腐らせる
ナミダタケって耳馴染みがありませんが、要するにキノコですね。
成長すると、涙のような液体を滴らせるからナミダタケ。
名前の由来はなかなかロマンチックですが、住宅にとっては、脅威そのものです。
木材組織を破壊して成長する、低温多湿を好む、菌糸をばらまいて急速に拡大する・・・
この話を聞いた時、「風の谷のナウシカ」を連想しました。
海からの多湿な風に守られ、いつも涼しい風の谷。
映画の終盤には、風の谷内の樹木で、腐海の菌糸が爆発的に増殖していました。
木の根から菌糸が・・・:画像はお借りしました
住民たちは、火炎機で焼き払おうとしていましたね。
感染した樹を焼き払う(ナラ枯れがモデルとの説もありますが):画像はお借りしました
「胞子を飛ばし始めたら、もうおしまいだ」
そんな声も、かの世界ではささやかれていましたっけ。
これ、ナミダタケも状況は同じです。
増殖するスピードが速く、新築後2年せずに床が崩落した住宅もありました。
そしてこのナミダタケの成長を助けたのは、グラスウールにたっぷりと溜まった結露だったのです。
「断熱性が高くて、気密性が低い」は、結露発生への片道切符
グラスウールに溜まった結露が木材を湿らせ、ナミダタケが繁殖した:画像はお借りしました
ナミダタケ事件が起きた頃、気密性に配慮した住宅は、ほとんど作られていませんでした。
一方で、壁の断熱材は大流行です。
室内も外も同じような気温で、ストーブの周りだけ暖かい
そんな生活からは解放され、外気の影響は少なくはなりました。
でも気密性の低い住宅では、室内で暖められた空気は、断熱材として使われたグラスウールに浸透していきます。
グラスウールは、自らに空気を溜め込むことで、断熱材として機能します。
気密性が低い建物では、グラウウール内で空気が常に流れている状態だったでしょう。
室内の近くは暖かい空気、外壁側は冷たい空気に接しています。
そして室内では住人が呼吸し、調理し、お風呂にも入りますから、空気は湿り気を帯びている・・・。
暖かく湿った空気がグラスウール内で冷やされれば、当然、結露しちゃうわけです。
その結露が、グラウウールに接していた木材を濡らし、ナミダタケの増殖を招いたのでした。
ナミダタケにとって、結露は甘露の水だったのでしょうね。
高断熱だけでは、暖かく「安全な」家にはならない
断熱加工だけではなく、気密性も高めないと、暖かくて「安全な」家にはならない。
むしろ危険な家になってしまう。
それがナミダタケ事件の教訓でした。
そんな中で、気密性の重要性を指摘し、湿った空気が断熱材に入り込まない施工方法を提唱する動きが出てきました。
これが「新在来工法」です。
室内側でしっかり防湿処理を行い、かつ気密性を高めておけば、断熱材に流入するのは外気のみとなります。
結露のリスクが劇的に低下させることが可能になるのです。
これを提唱した鎌田紀彦氏(建築家)が立ち上げたのが、「新住住(新木造住宅技術研究協議会)」でした。
高断熱・高気密の木造住宅工法の研究推進組織であり、私の自宅を建てた藤城建設も会員となっています。
たとえ高断熱であっても、「高気密ではない」住宅は、早晩崩れ落ちるリスクもある危険な住宅なのです。
すきま風が入ると寒いんだよね~
なんてレベルの話ではないのです。
高断熱と高気密がセットで語られるのは、こんな大事件と住宅業界の努力が背後にあるのでした。
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