【復活!】旧「木の城たいせつ」の功罪から、現在の「木の城たいせつ」が立ち上がるまで

木の城たいせつ

ここ2年ほどの話です。

ふと気がつくと、木の城たいせつのCMソングがテレビから流れてきました。

 

 

きのしろ、きのしろ、木の城たいせつ~♪

 

あの、「木の城たいせつ」が復活していたのです。

 

本当に懐かしい。

私のように北海道生まれの北海道育ち、アラフォーにとっては、郷愁に誘われますよね。

 

それも、景気のいいキャンペーン付きです。

いつまで継続かはわかりませんが、モデルハウスに宿泊すれば大幅割引き、とか。

 

一世を風靡して(北海道では)、突如として破綻した「木の城たいせつ」。

古くからの北海道民なら、必ず口ずさめるCMソング。

 

ハウスメーカー「木の城たいせつ」の在りし日の様子と破綻の経緯、みなさんはご存知でしたか?

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旧「木の城たいせつ」の光と影

北海道のリーディングカンパニーだった

 

 

旧「木の城たいせつ」と言えば、北海道の人が作った、北海道の気候に耐える、北海道民のためのハウスメーカーでした。

 

  • 100年は長持ちすると謳った耐久性
  • 当時は珍しかった3重構造の窓や7重構造の壁による断熱性能
  • 無落雪屋根を標準装備
  • 北海道産の木材を多用した健康住宅
  • レンガに蓄熱するペチカで、全室暖房
  • 宮大工の技術を生かした設計
  • 3階建て住宅

 

なにせ「木の城たいせつ」のたいせつは、大雪ではなく、耐雪なのです。

本州で売っている家は、北海道の気候には耐えられないもの。

それが常識になっていくには、やはり「木の城たいせつ」も一役買っていたはずです。

 

 

そんな会社方針や住宅性能が支持され、木の城たいせつは大躍進を遂げました。

 

30年くらい前には、

木の城たいせつの家がない地域は、北海道にない

そう評されるほどだったのです。

 

なにしろデザインが特徴的で、目立ちましたしね。

なお最盛期には、北海道内に約2万棟以上は建築されたとされています。

 

このCM、一日に何度も耳にしたものです↓

 

 

また、「木の城たいせつ」は下請けの業者を使わず、住宅造りの全工程を「自社内の社員」で対応する珍しいハウスメーカーでもありました。

原木生産から製材はもちろん、設計から大工まで、それをすべて地元の北海道で賄っていたのです。

 

その仕組みは徹底していて、「持続可能な開発を実践する21世紀のモデル企業」として、注目を集めるほどだったのです。

 

今なら、SDGsの実践例となるでしょうか。

カリスマ創業社長だった山口昭さん、「もったいない」精神を説くひとでもありました

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木の城たいせつ、突然の破綻へ

 

繰り返し放映されるCMや、様々な受賞歴。

そして豪放磊落な社長のキャラクターの陰で、木の城たいせつの経営は、徐々に下り坂をたどりました。

 

2002年の売上高(約195億8千3百万円)をピークとして、2007年の売上高は半分以下(約94億6千6百万円)へ。

一旦会長職へ退いていた創業社長が再就任し、てこ入れを図ったものの、傾き始めた巨大組織を立て直すことは叶いませんでした。

 

2008年3月、事業停止。

そのまま破産手続きとなったのです。

 

木の城たいせつグループ全体の負債総額は、約111億円。

北海道内でも有数の大型倒産となりました。

 

大きく成長した地場産業が突然の破綻。

その理由について、当時のメディアで指摘されたのは、こんなことでした。

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北海道の景気低迷を読めなかった?

 

まずは、北海道内の景気低迷に対応できなかったこと。

2000年代に入り、政府方針で公共事業が縮小。

建設業でこれに依存していた北海道経済は、大きく冷え込みました。

 

「木の城たいせつ」では、この景気低迷に合わせた事業規模の変換に失敗したとされています。

 

世間では景気が悪くて、お財布の紐が固くなっても、イケイケどんどんで新築していく計画だったようです。

広げ過ぎた大風呂敷を畳むのは、本当に難しい。

これの証左のような事例でした。

 

住宅にも流行があることを軽視していた?

 

そして、住宅市場のトレンド変化に対応しなかったこと。

木の城たいせつ言えば、「3階建て住宅」で、「外観」はだいたい同じです。

 

こんな感じ↓

こちらも、木の城たいせつのイメージのど真ん中↓

 

住宅性能は先進的で優れていましたが、外観や住宅の基本設計は固定化していました。

それが徐々にウケなくなっていたことに、対応できなかったのです。

 

まあ、確かに。

当時の木の城たいせつの家は、一目見ればそれとわかりましたもんね。

 

それぞれ好みはありますが、まあ、一般的には「おしゃれ」ではなかった。

何とも昭和な雰囲気がありました。

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建築に関わる法改正の対応が遅れた?

 

さらに、建築関連の法改正(建築確認審査の厳格化)への対応が遅れたこと。

これが破綻への決定打だったそうです。

 

木の城たいせつの基本設計と言えば、3階建て住宅

これは2階部分は木造ですが、土台の1階は鉄筋コンクリート造(RC造)。

つまり混合造住宅なのですが、その構造計算が必要・厳格化されたのが、改正建築基準法だったのです。

 

今までよりも、構造計算や必要申請に時間が必要になった。

施主と契約できても、建築確認が下りず、なかなか工事開始ができない・・・。

 

住宅が完成して、施主へ引き渡しが終了しないと、利益の確定は出来ませんよね。

木の城たいせつでは、支払いの期限に利益確定が追い付かず、債務超過に陥ったのでした。

 

 

建築中の住宅は、工事の保証なし

 

木の城たいせつの倒産で、従業員566名は一斉解雇。

破綻直前には給料の遅配もあり、後に経営陣が書類送検されています(嫌疑不十分で不起訴)。

 

その従業員と同じか、それ以上に気の毒だったのは、工事中だった住宅の施主たちでした。

木の城たいせつが破綻した時点で、400件以上の工事を請け負っていましたが(新築・リフォーム)、いずれも未完成のままで中断

 

なぜなら木の城たいせつは、建築会社倒産に備えた保険「住宅完成保証制度」へ未加入だったのです。

また顧客への代金返還も、終了までは長い時間を要したそうです。

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「木の城たいせつ」再建は、二つの会社から

 

破綻した木の城たいせつですが、倒産直後から再建へと進みはじめました。

 

株式会社「木の城しんせつ」の奮闘

木の城たいせつ・しんせつ

※あの懐かしい「木の城たいせつ」のロゴは、木の城しんせつが商標登録しています(出典:新会社木の城しんせつブログ

 

まず最初に動いたのは、株式会社「木の城しんせつ」

立ち上げたのは、旧木の城たいせつの元役員や社員たちでした。

それも破綻した翌月(2008年4月)という素早さです。

 

  • 旧「木の城たいせつ」で中断したままの工事を継続すること
  • 「木の城たいせつ」住宅の技術を絶やさないこと

 

これを目標にした「木の城しんせつ」は、滝川市のアパートの一室から、社員4名で業務立ち上げ。

当初の資本金200万円ほど。

車もない、金もない、道具もない。

そんな状態だったそうです。

 

しかし現在では、滝川市に本社を置き、今では札幌や道南、苫小牧に事業所を置くほどに成長しています。

 

旧「木の城たいせつ」の創業社長の山口昭氏が訪問し、かつての社員と涙ながらに再会した・・・。

そんなこともあったようですね。

 

山口昭 木の城しんせつ

yukidaruma注:「昨年」とあるのは、平成25年のこと(出典:木の城しんせつ資料より)

 

給料が遅配になっても、社長を慕って、技術を継承しようとする元社員がいた。

こういうところに、旧「木の城たいせつ」の魅力のが現れているように思うのです。

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現「木の城たいせつ」の再建

木の城たいせつ

一方、組織的な再建に乗り出したのは、大阪の住宅メーカー「創建」でした。

旧「木の城たいせつ」の従業員や施主、北海道、本社のあった栗山町からも、事業継続の打診があったそうですね。

 

これを受けて、2009年3月に住宅販売会社「株式会社きのしろ」と、建設施工会社「株式会社たいせつ」を栗山町の本社跡地に設立しています。

旧「木の城たいせつ」破綻して、ちょうど1年後のことでした。

 

「きのしろ」と「たいせつ」では、旧木の城たいせつの従業員を一部再雇用したほか、中断していた工事も請け負いました。

それも当初は、採算度外視だったそうです。

 

その「きのしろ」と「たいせつ」が、現在の「木の城たいせつ」となったのです。

 

現在の木の城たいせつの基本情報や口コミはこちら。

北海道の家~♪木の城たいせつ、基本情報と口コミをまとめたよ♪
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木の城たいせつは、また北海道の顔となるか

ここまで、旧「木の城たいせつ」の功罪と、現「木の城たいせつ」が立ち上がるまでをまとめました。

 

冗長にならないように、要点を絞ったつもりですが、結局長くなりました。

それくらい、たくさんのストーリーがあったのです。

 

そんなリーディングカンパニーが空知の栗山町で生まれたということ。

札幌や旭川のような都会でなくても、ビッグネームが誕生したという事実。

 

北海道って、懐が深いな、と。

道民として誇りに思うし、何だかうれしくなっちゃいます。

 

そのうちまた、大阪の会社から独立するときも来るかもしれませんね。

 

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